PEM水電解装置におけるEIS診断
概要
脱炭素社会の実現に向けて、二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギー源として、水素活用が注目を集めています。将来的に水素エネルギーの需要が見込まれることから、水素の生産量も増加が予測されています。しかし、従来の水素製造方法は、主に石炭、天然ガス、石油などの化石燃料に依存しており、その過程で副産物として二酸化炭素が発生します。二酸化炭素を排出せず水素を生産する方法として、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを活用して、水を電気分解することで生産されるグリーン水素の生産量拡大は、水素社会実現の鍵となります。
水の電気分解(以下、水電解)の方式の1つに、プロトン交換膜技術を用いた固体高分子型電解セル(PEMEC)を使用する水電解方式があります。この技術は、高いエネルギー効率と大量の水素製造能力を有するため、再生可能エネルギーを利用して水電解を行う、大規模水素製造プラントに利用されています。より多くの水素を製造するためには、PEMECのセルサイズの大型化が求められますが、大型セルには大電流が印加されます。従来の測定方法では、研究レベルの小型セルの解析は行えるものの、大電流が流れる大型のPEMECの測定と解析は難易度が高まります。
この課題を解決に導くのが「EIS測定システム ALDAS」です。この測定器は、従来不可能とされた電気化学インピーダンス分光法(EIS)技術を用いた大規模水電解セルの内部抵抗測定を実現します。
本記事では、 EIS測定がセルの状態を効率的に評価する方法についてご紹介します。
課題
水電解セル(EC)の性能を向上させ、寿命を延ばすためには、セル内部で発生する性能劣化要因を理解することが重要です。図1に示すように、I-V曲線は過電圧から電解セルの性能を評価する一般的な方法ですが、残念ながら、I-V曲線だけでは水電解セルの内部で、過電圧が生じる要因を特定するための十分な情報を提供しません。 そのため、過電圧の要因となる電解セル内部の抵抗成分を分離して分析できる測定方法を確立する必要があります。
図1 I-V曲線
解決策
インピーダンスを計算するためのEIS測定は、セル電極に交流電流信号を加え、その応答電圧を測定することで行われます。
EIS測定は、電極の構造や反応プロセスについて重要な洞察を提供します。これには、触媒の性能や電極と各構成部品間の電気的接触の滑らかさの程度が含まれます。そのため、EIS測定法を用いることで、水電解セル内部の異なる抵抗成分による反応を分離して分析することができます。
ALDASは、研究室レベルの小型電解セルから電解プラント内の大規模電解セルまで幅広い用途に対応可能なEIS測定システムです。電解セルのサイズに関係なく正確なEIS測定を実現することで、新しい評価技術を提供します。
実験条件
以下はサンプル実験条件です。アノードの触媒担持量が異なる2種類のCCM(catalyst-coated membranes )を用意し、ALDASを用いて電解セル内のCCMの性能をテストしました。
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 触媒担持量 - Type A | Anode: IrO2-TiO21.06 mg/cm2 Cathode: Pt/C Pt-50% |
| 触媒担持量 - Type B | Anode: IrO2-TiO2 2.05 mg/cm2 Cathode: Pt/C Pt-50% |
| 水流量 | 50 ml/min |
| セル温度 | 60°C |
| 電極面積 | 25 cm2 |

図2 測定システムの概略図
結果
図3に示す等価回路をセル内部の構造分析の参考として使用します。
Rsol:電解質膜のプロトン伝導性による膜抵抗
Rct :触媒層の電荷移動抵抗
Cdl :電気二重層容量
Rmt and Cmt :物質移動(物質拡散)プロセスによる抵抗および電気容量
図3 等価回路
I-V測定の比較
図4は、触媒担持量の少ないType-A、担持量が多い Type-BのI-V曲線を示しています。この結果から、触媒担持量の多いType-Bの方が、担持量の少ないType-Aよりも過電圧損失が少ないことがわかります。 担持量の少ないType-Aは、電解電流が35 Aを超える高い入力電流範囲で電圧測定値が大幅に上昇しており、このI-V曲線から抵抗の大きさが増加していることが示されています。ただし、このI-V曲線だけでは抵抗成分の種類を特定するには十分ではありません。
図4 I-V曲線
EIS測定の比較
EIS測定を行い、I-V曲線では特定できない抵抗成分を調べました。図5~図7は、それぞれ10 A、25 A、40 Aで電解中にEIS測定を行い、ナイキストプロット(コールコールプロット)を描きました。
図5は、触媒担持量の多いType-Bが1つの円弧を描き、これは電荷移動抵抗Rctのみで構成されていることを示しています。一方、担持量の少ないType-Aは、高周波側に電荷移動抵抗Rctによる円弧を1つ描き、低周波側に拡散抵抗Rmtによる2つ目の円弧が描かれています。Type-AとType-Bに対して同じ電流密度の電流が流れているにもかかわらず、担持量の少ないType-Aと比較して、担持量の多いType- Bのプロトン伝導膜抵抗が小さいことが示されていま す。そのため、Type-Bの曲線はType-Aの曲線より左にシフトしています。
図5 10 Aで電解中のEIS測定結果
図6では電解電流が25 Aの条件でナイキストプロットを描いています。図5の電解電流10 A時と比較して、電解電流が25Aの条件では、触媒担持量の少ないType-Aの拡散抵抗Rmtが大幅に増加していることを示しています。供給電流の増加とともに拡散抵抗が大きくなりますが、その理由としては、触媒表面での活性部分の減少などがあげられます。
図6 25 Aで電解中のEIS測定結果
図7は40 Aで電解中のEIS測定結果を示しています。10 Aおよび25 Aでは触媒担持量の多いType- Bは拡散抵抗による円弧が示されませんでしたが、40 Aでは現れ始めます。それでも、触媒担持量の多いType-Bの拡散抵抗の大きさは、触媒担持量の少ない Type-Aと比較して小さいことがわかります。これにより、 触媒担持量の少ないType-Aの全体的な抵抗の大きさが増加し、図4のI-V曲線にも反映されています。大電流密度は触媒表面での反応物の需要の高さを意味します。この需要が触媒表面への反応物の拡散によって満たされない場合、拡散抵抗は大電流密度で顕著になります。
図7 40 Aで電解中のEIS測定結果
結論
このサンプルの実験結果より、触媒担持層の厚みが触媒層内の物質輸送機構に影響を与え、拡散抵抗Rmtに大きな影響を及ぼすことが示唆されました。厚い触媒層を持つType-Bは、電解質膜内の水分含有量が多いため膜抵抗が低く、拡散抵抗は触媒担持量の少ないType-Aと比較して無視できる程度であることが確認されました。 これは、厚いアノード触媒層が電解質膜と触媒層間の界面に十分な水供給を提供することが示唆されました。触媒層は、 電解槽の長期間の運転により劣化します。EIS測定方法を使用することで、触媒層の品質を内部抵抗分析を通じて評価することができます。I-V曲線では達成できない特定の材料選択における性能劣化要因の分析をEIS測定は提供することで、効率的な研究開発に貢献します。
結論として、EIS測定システム ALDASは、従来不可能とされた電気化学インピーダンス分光法(EIS)技術を用いた大規模水電解セルの内部抵抗測定という、画期的なソリューションを提供します。
